ボトル

今では当たり前のように皆さんが持って走るボトル(水)ですが、その昔(高校自転車部)の部活では毎日どれだけ距離を走ろうがボトルを持って走った記憶など一切ありませんでした、いわゆる(水を飲むなの時代)だったのでしょうか?



でも水が無くて走れなくなった事は一度もなかったような気がしますが当たり前の事ながら昔は若かったんですね!そんな時代ですが下の写真はおそらく私が初めてボトルという物を渡された瞬間?の貴重な一枚です、監督はレースの時だけ特別にボトルを用意してくれました。



写真は昭和52年、38年前の青森国体ロードレース少年の部スタート前の風景ですゼッケン40は私、赤いジャージはボトルを渡しながら私に激を入れる鬼のT監督、私は高校2年生(競輪ヘルメット)ドカヘルが素敵ですね、この時初めてボトルもって走りました。


レースは青森県の下北半島を1周する130Kくらいだったと記憶しておりますが今まで自転車に乗りながら水を飲んだ事など一度も無かったのでレース中も一切水を飲まずただボトルを持って走っているだけ、そしてゴール前の峠越えでは苦しさのあまりお荷物のまだ満タンのボトルを地面に叩き付けてしまいました。


すると先頭集団の後ろからウワ~ッガッシャ~ンと私が捨てたボトルのせいで誰かコケた音が聞こえてきましたがレース中とあって詫びに戻るわけにもいかず心の中で(誰だか分からんけどすんませ~ん)と謝りペダルを漕ぎ続けて何とか先頭集団でゴールイン、結果は10着くらいでした3枚目の写真のどこかに写っています。


と、いう訳で武器にしかならなかった私のボトルデビューでしたがそれから1年半後、高校を卒業した後、私は競輪選手を目指し伊豆の競輪学校へ入学する事になりました、その入学式の日は全国各地から合格者115名が集まりましたがその中の一人に呼び止められました。

(おみゃ~さんが青森で急にボトル捨てたもんだで俺がひっくり返ってしもたぎゃ~、あんときゃ参ったわ~)と話しかけられましたが訳が分からず近くにいた通訳に聞くと(君が青森のレース中にボトルを捨てたので私は落車してしまいました、あの時はひどく参りました)という事でした。


あの時、私のせいで落車したのは愛知県M電高校のAサノ君だったのです、ボトルを投げつけたゼッケン40番を覚えられていたのですね!私は目ん玉が飛び出るほどビックリしたのはいうまでもありません,世の中悪い事ってできないようになっているんですね。                     


ここで遭ったったが100年目、最初はブン殴られるかと思いましたがすまん、すまん、すまん、すまなんだと詫びると(ま~え~て~、これから1年よろしく頼むわな)再び通訳してもらうと(もういいよ、これから1年宜しく)との事でホッと胸をなでおろした事はいうまでもありません、Aサノ君はとってもいい人でした。

まさにま坂?の話でしたが当時はレースに誰かが食べ終えたバナナの皮がよく飛んで来たのを覚えております、何でもアリの時代だったのですね。
なをAサノ氏は今では地元愛知県で自営で飲食業を営みとても頑張っておられるそうです。
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